いじめは「仲間外れ」の延長線。今あるべき「教育者」とは

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先日こんな記事を見た

参照記事:「悪いのはいじめられた方」と言い放つ子

自分はこの記事の中身を見て
教育現場の教育者側の教育が
定まってないのかというのを理解し、
いじめ問題はここ数十年止むことはない。

いじめ問題が本格化したのは
いつなのか?いじめと認識する定義とは?
教育者の中で校内でいじめが発覚した際に
真っ先に議論になることはこのような
いじめを解決するという議論となっていない。

いじめ側の処分やマスコミ対応
校内のカウンセラー配置に関するスケジューリング等
「お前等マジか?」って言いたくなるほどの
教育現場側の「いじめ対策経験不足」が
問題となってるようです。

この記事でもあるように
「いじめる側の本能に従っただけ」
とは「狩猟民族」が「銃」を持ち
「人」がいたら真っ先に撃つのは
「狩猟民族の血が騒いだだけ」
と答えるのか。

狩猟民族はそんな事をしない。
なぜなら「倫理」「協調性」
この2つが「徹底的に理解」しているからだ。

狩猟民族は仲間同士で狩り担当をする。
担当しないとその日の食事だけではなく
何日分かの食事を確保しなければならないので
仲間同士で争いなどしてる暇がない。

また、狩りのできない仲間がいたとすると
それを排除するという動きにでるのか?
狩猟民族は排除などしない。

理由は簡単で、
狩りの出来ない仲間を追い詰めたりする暇がないからだ。

仲間外れはなぜ起こるのか考えよう。

・空気が読めない

・気に入らない部分がある

・気が合わない

・存在が不都合

最初は1人が思っていたことを共有できる
「SNS」が「グループ内」やり取りが活発化することで
「自然」に「秘密グループ」を形成し
1人の意見が「実はそう思っていた」
などという意見が共有されることによって
仲間外れが出来上がる。

行動範囲が狭い学校内では
一度共有される「秘密グループ」の存在が
最初は小さなグループだったのが
いつしか何十人にも拡張していき
日が経つにつれて「秘密共有」だけではなく
「陰湿な暴言を吐くグループ」へと変貌してしまう。

かつて「LINEいじめ」「学校裏サイト」等が
あったようにSNSを利用したいじめが発達していったのも
今言ったような仲間外れの仕組みが存在するからだ。

本来グループ会話など
どのような使い道が存在するのか?
またグループ会話をする必要性があるのか?
自分はLINEをしないのもこのようなツールが
人と人とのコミュニケーションを疑うような事に繋がるから
使わないようにしている。

人は秘密を持っていてそれを誰かに言いたいという
願望を持っているので
その悩みを解決したのが「LINEグループ」だと思うのだが、
使い方によって悪質なツールに変貌していったのは
社会問題となっている「LINEいじめ」に通づるものがあるからだ。

「いじめはいじめられる側に問題がある」
というのは、
いじめた側」が「いじめている仲間」に対して
同意」を求めてる言葉であり、
けしていじめを正当化させようとしている言葉ではない

「だってあいつはいじめられて当然でしょ?」
「態度悪いし、挨拶ないし、LINEの返信もスルーで
いじめられて当然でしょ?」
「だから、いじめられて当然でしょ(笑)」

このノリで言ってる戯言でしかない。
だからこの件で教育者が
この子達に新たな道徳教育が必要だとか
SNS教育が必要だとか
正しいLINEやり取り方法とか
教えるのではなく、

「いじめ被害者がどうしたら楽しく生活できるのか」
「こんな辛い事があったのか。気づけなくてごめん」
「これからはお前をいじめたヤツは先生が守るからな」

これだけで十分だと思う。

所詮小さなコミュニティ。一生暮らすわけではない。
いじめた奴は明日は忘れ、何事もなく生活する。
そんな時に自傷行為して追い詰められる子を思うなら
「先生がいたから私は助かった」と思って貰えるような
教育者で有りたいと思うのが本来あるべき姿ではないか。

当たり前すぎるけど、
久々「悪いのはいじめられた方」と言い放つ子
という記事を見て思ったことを書いた。

感情的にならずに
こうゆうことを常に理解して動いている教育者いるのか。
おそらくいないわな。だから生徒は教育者に失望するんだって。
こんな事くらい当たり前にしないとダメだろって思うけど
保身保身に動いてる学校現場を見ると
所詮学校は会社なのかなって思ってしまった。

今いじめで苦しんでる人への
ホットラインを紹介。悩むなら相談してほしい。

ストップいじめナビ

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